8月8日は灰の国
明日8月9日は長崎の原爆忌です。1945年8月9日11時2分、長崎市に原子爆弾が投下され人口24万人のうち7万4千人が死亡しました。私の実家は、下の図の右端の旧戸石村です。家の近所で遊んでいた父(1935年生まれ)によると落下の瞬間、爆音がとどろき、里芋の緑の葉が真っ白になるほどの灰がふってきたそうです。そして、ぱらぱらと地面に痕がつくくらいの少しの雨が降ったそうです。実家は爆心地(原爆落下地点)から12キロメートル圏の端ですからなにも被害はなかったそうです。広島と違って長崎市は周りを山に囲まれています。戸石村のある東長崎地区は、市中心部とは日見峠などの峠道で行き来しますので被害は及びませんでした。
その頃、伯母(父の姉1933年生まれ)は、爆心地近くの岩川町に住んでいました。伯母は、自分の伯母(祖父の姉)の養女となり、女学校に通っていました。1945年の8月7日に女学校から帰ると、お母さんが「8月8日は灰の国」というビラがまかれたそうだ。明日はひどい空襲があるかもしれないからすぐに戸石町の実家に帰りなさい」と荷物を渡され、一人で戸石町の実家に帰ったそうです。翌日、お母さんも戸石町の実家にかえってきたそうです。その翌日8月9日が原爆投下の日ですが実家に帰っていて二人は難を逃れたそうです。ビラがなければ、あるいはお母さんがすぐに帰るようにいわなければ、たぶん、自分は、死者の一人になっていたかもしれないと話してくれました。伯母は89歳、独居なので訪問して世間話などするようになった今年、初めて聞いた話でした。
